本田宗一郎のことば

真の財産とは

(1965.S40.2 社報 本田宗一郎)


 昨年はみんなも知ってのとおり、非常に不況風が吹いて、いろいろな企業が倒産したり、何かと厳しい年であった。
 しかしそんな中で、うちでは全社一丸となって、二年間五万キロ保証という、とにかく日本では、かつてなかったところのものを打ち出し、まことに内容的に見て豊かな年であったと私は思っている。

 これは業界に対して大きなショッキングを与えたのではないか。

 とかく「出るクイは打たれる」と言うように、うちに対してもいろいろなデマが流された。

 世の中というものは面白いもので、人は表面だけを見て、ああだのこうだのと判断してしまう……。

 しかも、その判断にしても、人から聞いて自分の主観を入れて、でっち上げてしまうんです。これは実に危険なことだと思う。

 だけど、それだけの話題になったということは、実は、我われの会社がそれだけ世間から注目されているという一つの証左で、むしろいい宣伝効果になるなと、私は思っていたくらいだ。

 ホンダはこの一年間、自動車で損をしたと書かれている。

 決して損してはおりません。

 これは、はっきり申し上げます。

 物の価値というものは金だけではないはずです。

 私がいちばん大切にしたいのは、皆さんが培かってきた、いわゆる技術と知恵こそが、金に替えられぬ大きな財産だということだ。

 我われの頭脳……一人ひとりの知恵と努力によって、二年間五万キロ保証ができたということ、これこそ未来につながる大きな貴い財産です。

 過去に蓄えてきた努力、知恵……それを活かし、さらに未来へ伸ばしていく、これが企業にとって最も大切なことだと思う。

 ここで自動車業界の過去をみると、よその会社の中には外国の模倣(コピー)でやってきているものもあり、それもコピーだけならまだましだけど、我われが費やした以上の金を支払って外国と技術提携しているということだ。

 私達は技術提携はしておらないけど、技術提携より少ない金で、四輪を立派になし遂げた……。ここが大切なところだと思う。

 
 大体、車を輸出しようと考えている会社が向こうのデザインで自動車を作り、輸出できるはずがないのではないか……。

 これなんか、自分のところは知恵がありませんので、よそ様に知恵を拝借して作りました、と外に向かって言っているようなものだ。

 ところが日本人の多くは、舶来優先というか、ああ、あそこの会社は外国と提携しているから立派だ、ということにしてしまう。

 うちの連中だったら、あちらに頼んだ方が安直でいいなんて考える人は、一人もいないに違いない。

 みんな自分達の力でやりたいと頑張ってくれる連中ばかりだから、本当に頼もしいし、うれしく思う。

 それだけに、先輩であるほかの自動車メーカーは、我われに対して大きな警戒心を持つだろう。

 よそのやっているものをコピーしてやっている会社なら、手の内が分かっているが、我われのやり方は、教科書にもないし、カタログにも載っていない。

 他からの借物でない、苦労して得た実力が、一人ひとりに身についてきていると思う。

 
 大体、企業というものを、そのときそのときの部分で切って、よいの悪いのというのはおかしいのではないか。

 企業というものは、そこらの夜店のバツタ屋のように、

 売って、すぐ店をたたんで夜逃げすればいいものとは、わけが違う。

 企業というものは未来永劫に続いてもらいたい。

 そのためには、ときには、捨石が必要なときもある。

 私は囲碁は知らないが、碁だって捨石というものがある。

 捨石は、何でもないように見えても、最後の勘定をするときになると、それが有効に活きてくる。

 そういった意味で、今までうちがやってきたことは、実に有効で、すばらしい金の使い方をしてきたと思う。

 来期になれば、経済情勢によほどの変化がない限り、四輪も完全に儲かる準備が完了する。

 オートバイも儲かるし、四輪も儲かる……こんな素晴らしい張り合いのある年はないのではないか。

 ぜひみんなして努力して、目標を達成していきたい。

 
 日本の経済が、あれだけ伸びた伸びたと言われながら、今日、不況だ倒産だというのは何故かというと、大体ものを長い目で見ようとしない、そして自分というものの力を長い目で育てようとする人が少ないからだと思う。

 言いかえれば、金貸し根性の企業が多すぎるのです。

 だから場当たり式の考え方、セクショナリズムの考え方しかやっていないから、いろいろな問題が起きてくるのではないか。

 西ドイツが敗戦国でありながら、いちばん早く復興して繁栄している……。それは、場当たり式なセクショナリズムの計算をしておらない、じっくりとものを考え、そして、個性ある品物を作っているからなんです。

 そこが日本人と違う。

 その点では、うちの会社なんか実に堅実だと、つくづく感じているんです。

 おそらく、うちくらい、堅実で真面目なことをやっている会社はないのではないか。

 誰にも頼らず、一人ひとりの知恵によって会社を形成しているということなんです。

 
 この間、ある雑誌にこんなことが書いてあった。 「ホンダは今まで、若さを売物にして、それで伸びてきた。

 ところが、こういう不況になると、若さというものは経験が浅いから、ボロを露呈してきたのだろう……」と。

 見当違いもはなはだしい。

 ホンダは若い連中ばかりで、経験がないの、どうのと言うなら、一つ今年はその成果を見せてやろうではないか。

 ボクなんか、まあ老人のほうの部類に入ってしまうだろうけど、気だけは若い。

 このとおり、ぴんぴんしているから、みんなは一つ、じっくりと足場を固めて、今言ったような、古い頑迷な連中、若いものは駄目だという定義を、ひっくりかえしてもらいたい。

 それがみんなの生き甲斐になり、プライドになる。

 これこそ、わが社をここまで伸ばしてきた本来の姿なんではないか。

 
「ボタンもこも着て冬ごもり」という文句もございます。

 弓だって矢をバックさせなければ、前の方へ飛ばないんだから……。

 ちょうど去年は、矢をいっぱい引いたときの姿なんです。

 今年は一つ、うんと放してもらいたい。

 今年は特にハッスルし甲斐のある年だろうと思うから、みんなで健康に気をつけて頑張り、幸福な年にしよう。

<<前のページ                                                   次のページ>>