本田宗一郎のことば

人の利益をいちばんに

(1959.S34.1 社報)

 

 

 今までの企業は、大衆から金を集め、大衆に利益を返すということと、大衆に職を与えてともに栄えるという企業の社会性があったわけだが、これからの企業にはもう一つの大きな使命がある。

 

 それは、この原子力時代に文化は急速に発達し、家庭には電気洗濯機、テレビ、ラジオ、電気冷蔵庫、そしてクラッシャーという現状である。

 

 だから我われは、好むと好まざるとにかかわらず、そういう発明品を家庭に入れなければ文化生活はできない。

 

 極端に言えば、テレビを見ずして世の中を語れない、またラジオを聞かずして社会生活は営めないという状態になってきている。

 

 ところが他人に比例して、我われの給料はどうかというと、給料は上がっていかない。だけど上がっていかないけれども、そういう物を見たり聞いたりしなければならないように運命づけられてきている。

 

 これを解決するのは誰か? これは、我われの工場である。

 

 安い製品を提供して、より多くの人々に文化生活をエンジョイしてもらうというのが、我われのより大きな社会的義務であると思う。

 

 これを忘れたら大衆から見放されるということだ。特に、我われのような時代の先端をいく会社では、一人ひとりの従業員が考えなければならない。

 

 それからもう一つある。それは自動車工業という企業は、セメントなどのような業種と違って、モデルチェンジという運命をせおっている。それで自分に与えられた仕事だけをやって、コンベアによって流れていくという状態、それも同じ物を何年間もやっている間はそれでよかった。そのときには人間は機械の部分品にすぎなかった。ところが現在では、非常にたくさんの発明品が次から次へとできてくると、好むと好まざるとは別として、いつでもモデルチェンジという運命が我われにつきまとっている。

 

 半年毎でもお客さんの趣味が違い、一つ発明されるといろんな状態が変わってくるからして、それに順応したモデルチェンジをしなくちゃならんということが我われに生じてくる。

 

 それに対処するにはどうかというと、たとえば昔のフォード方式のように、一人ひとりが自分に与えられた仕事をしていればいいんだ、というのでは、幹部の方が大変で疲れてしまう。モデルチェンジ毎に振り回されてしまう。

 

 だから自分の仕事をよく認識すると同時に、横の連絡の方もよく見ながら、自分の意志を入れて人の斟酌もし、自分のことを果たす人間が何人いるかということが、モデルチェンジの秘訣だと思う。

 

 こういうふうな、横にも広い、縦にも高い人間が、これからの企業には必ず必要になってくる。

 

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