本田宗一郎のことば

世界的視野に立って

(1952.S27.10 月報 本田宗一郎)

 

 

 常々申し上げておりますように、私はよい品を安く作ってお客様方にご満足を頂くことを念願として努力しておりますが、性能の点で、完全にご満足を得ておるとは思いません。いや、まだまだご迷惑をお掛けしている点が少なくないことを知っております。

 

 四月に建設した埼玉工場を次々に増築拡充し、国内一流メーカーの手になる機械を購入して性能の向上に努めてまいりましたが、この程このような方法によったのでは限度のあることを悟りました。おかげで、私の会社はこの業界では我が国において名実ともに第一流の会社となりました。製品の性能でもまたその生産力でも、他社をはるかに引き離したと申して過言ではありません。

 

 九月の生産は、ドリーム号は一千台を越え、カブ号は五千台を突破しました。しかも両者とも需要に応じきれず、お客様や代理店の皆様に一方ならぬご迷惑をお掛けしておるという申し訳のない実状で、一応満足すべきレベルに到達しました。

 

 けれども、これは日本において第一流になったということで、一度、目を世界的視野に転じますとき、現在私達の到達しておりますレベルはまことに恥ずかしく、寒心に堪えないものであります。

 

 本年の年頭の辞にも申し上げましたように、私の願っておりますのは、製品を世界的水準以上にまで高めることであります。私は日本の水準と英・米等先進国の水準との開きの、あまりにもはなはだしいことをよく知っております。

 

 ところが、今回いよいよ、私の念願であった世界的技術の水準において、世界市場で世界第一流のメーカーとの競争を実行に移すことになりました。

 

 この根本要素は申すまでもなく、製品そのもののアイデアとともに、精度と生産能率であります。戦争中、我が国の工作機械の精度は一ミリの百分台でありました。現在でも、一般にはそのレベルよりあまり向上しておりません。

 

 幸い私の会社の製品の主要部品の精度は、すでに世界的水準の千分台に達し、エアマイクロという精密検査器を用いて検査測定を行なっております。一方、生産能力も他の会社とは比べものにならぬ程高くなっておりますが、外国の一流機械と比べますとまったく問題になりません。ギア一つ切るにしても、我が国の最も高性能の機械で十分を要するものを十秒で作ってしまいます。まさに六十倍の性能であります。

 

 このように不完全な機械の精度を、日本人特有の技術によってようやく補っておる実状ですから、我が国の工作機械メーカーの製品を用いたのでは、世界的技術水準に到達することは不可能であり、世界市場において性能とコストを争うことのできないことは申すまでもありません。

 

 我われの創意工夫を生かし、実現するには、優秀な機械でなくてはなりません。 『弘法は筆を選ばず』と言ったのは昔の諺です。そこで私は、今回一大決心をもって世界第一流の工作機械を購入することにしました。すでに注文したもの、目下輸入許可の手続き中のもの等をあわせますと三億円にあがります。

 

 戦後これだけの機械を輸入するのはわが社が最初であって、主管官庁でも格別の理解と熱意をもって援助してくれております。機械は主としてアメリカとドイツのものでありますが、これらの工作機械の精度と能率とを利用すれば、少なくともオートバイと小型エンジンとでは世界市場において必ず勝利をかち得る自信を持っております。

 

 優秀な外国製の機械を購入しても、私は国内同業者各位の販路を奪いつくそうというような小さな考えは毛頭持ちません。私の会社で機械を買うドルは国のドルであります。国のドルを用いて買った機械で逆にドルを稼ごうというのが私の願いであります。

 

 こうは申しても私の会社は輸出のみをもくろむものではありません。一定量の国内需要を満たせばその余力を挙げて輸出貿易に振り向け、世界的視野に立って技術者として国家に貢献し、今日まで私の会社を育ててくださった皆様方に報いたいと思うのであります。

 

 私は今までに一度も自分の会社の見学を拒んだことはありません。同業の競争会社の見学でも快く応じました。他の人が私の会社の真似をする頃には、私はさらに新しいアイデアによって次の進歩に移り得る自信があったからです。

 

 外国車の輸入制限によって自分の仕事を守ろうとするような鎖国的な考え方には、私は絶対に組みしません。技術の競争はあくまで技術をもってすべきであります。どのような障壁を設けてもよい品はどしどし入ってきます。三万台の自動車がよい例でありました。良品に国境はありません。他の業種はいざ知らず、私は自分の関係するオートバイと小型エンジンにおいては断じて自動車の轍を踏みたくありません。

 

 日本だけを相手とした日本一は真の日本一ではありません。現在の日本は世界産業機構の中の一環であって、一度優秀な外国製品が輸入されるとき、日本だけの日本一はたちまち崩れ去ってしまいます。世界一であって初めて日本一となり得るのであります。我われ日本人特有の優秀な技術によって、高性能高能率な外国の工作機械を利用してこそ世界市場への進出は可能であります。私は外国の機械を利用することによって世界市場に進出し得る確信を持つに至りました。自己のアイデアによって技術のオリンピック競技場に日章旗を揚げようと念ずるものであります。

 

 お客様方も、代理店の皆様も、またわが社の従業員諸君も、私のこの念願と決意とを了解せられて、ご支援とご協力を惜しまざらむことを切望してやみません。

 

 お客様方のご忠告こそ会社の宝であります。代理店のご協力によってはじめて会社は成立します。また私のアイデアを理解し今後続々入荷する優秀な機械を優れた技術によって使いこなすのは、まさに従業員諸君であります。

 

 一日も早く完璧無敵の優秀製品を作り、買って喜び、売って喜び、作って喜ぶ、三つの喜びをより深く味わうために、また各自の生活を豊かに楽しくするために、一層のご支援とご協力を惜しまざらむことを重ねてお願い致します。

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