本田宗一郎のことば

退陣のあいさつ

(1973.S48.8 社報 本田宗一郎)

 創立二十五周年を機に、次の世代へバトンタッチをして、副社長と第一線を退こうと話合ったのは、かなり前のことだった。四専務に私達二人の意向を伝えたのも、確か四月頃のことで、四専務も了承してくれて、あとのやり方を具体的に検討している段階にある。

 たまたま、私が中国にいっている間に、新聞などの想定記事から従業員の皆さんに伝える前に、ジャーナリズムの報道記事が先行してしまったようで、みんな突然に思ったかもしれない。

 しかし、ホンダの人達にとっては、昭和三十九年の役員室制度から始まって、三年前に四専務体制がしかれたこと、とくに最近の一年以上は、この会社が実質的には四専務を中心とする運営がされていたことから、この交代は時期の問題だけだと察せられていたと思う。

 
 ホンダは、夢と若さを持ち、理論と時間とアイデアを尊重する会社だ。

 とくに若さとは
 困難に立ち向かう意欲
 枠にとらわれずに
 新しい価値を生む知恵
 であると思う。

 私はまだまだ心だって体だってその意味で若く、みんなに負けないつもりだ。だが現実問題として、残念ながら「若い人はよいなあ、若い人にはかなわないなあ」と感ずることが多くなってきた。

 たとえば、CVCCの開発に際して、私が低公害エンジンの開発こそが、先発四輪メーカーと同じスタートラインに並ぶ絶好のチャンスだ、と言ったとき、研究所の若い人は、排気ガス対策は企業本位の問題ではなく、自動車産業の社会的責任の上からなすべき義務であると主張して、私の眼を開かせ、心から感激させてくれた。

 アメリカでも、成長企業の社長の平均年齢は四十代で、六十代の社長が率いる会社は活気がなく、停滞する傾向があるといわれている。

 若いということは、何と素晴らしいことかとつくづく感じた。

 ホンダは常に時代を先取りしてきた。その中心に若いみんながいる。

 みんながどんどん育ってきている。

 私に目をみはらせるような、新しい価値観、企業と社会とのかかわり合いについての新鮮な感覚、こういうものの上に築かれる、フレッシュな経営が必要な時代になってきているのだ。

 今後ますます強まる企業の社会的責任の要請や、地球を単位とした自然環境保護の声に対応して、組織もますます、若い力、若い感覚を必要としてきている。

 
 若いつもりでも、副社長も私も六十歳を超えている。もはや、私達二人が先頭に立ってみんなをリードする時期は過ぎたと思うし、また、口をだす必要もない。

 副社長は売ることを中心に、金や組織など内部のこと、私は技術のこと、作るほうのことと対外的な面、と分担を分け合ってきた。二人とも半端な人間で、合わせてはじめて一人前の経営者だったのだから、退くときもいっしょにというのが、自然な、二人の一致した考えになった。

 半端な者同士でも、お互いに認め合い、補い合って仲良くやっていけば、仕事はやっていけるものだ。世の中に完全な人間などいるものではない。自分の足りないもの、できないところを、まわりの人に助けてもらうと同時に、自分の得意なところは惜しみなく使ってもらうのが、共同組織のよい点で大切なところだと思う。「人間の和」がなければ企業という集団の発展はおろか、維持さえもできないことを充分認識してほしい。

 今までの四専務を中心とする企業運営の実績から、バイタリティあふれ、フレキシブルに対応し、フレッシュさを失わないでいける見極めもついた。安心してバトンタッチができる。

 皆さんの努力で、よい交代時期を作ってくれたことを心から感謝している。

 
 思えば、随分苦労も失敗もあった。勝手なことを言ってみんなを困らせたことも多かったと思う。しかし、大事なのは、新しい大きな仕事の成功のカゲには、研究と努力の過程に九十九パーセントの失敗が積み重ねられていることだ。これが分かってくれたからこそ、みんな、がんばりあってここまできてくれたのだと思う。

 ホンダとともに生きてきた二十五年は、私にとって最も充実し、生きがいを肌で感じた毎日だった。みんなよくやってくれた。

 ありがとう。

 ほんとうにありがとう。

 
 社是の冒頭にある「世界的視野」とは、よその模倣をしないことと、ウソやごまかしのない気宇の壮大さを意味する。

 独創性を尊重し、取引き先、お客様、地域など、直接間接にかかわり合う社会全体を大切にする体質は、理解ある社外の人達の支えがあり、みんなの努力が実って定着した。この基本理念は、設備や製品や、あらゆる制度となって実を結び、経営トップの交代ぐらいではゆるぎのない、ホンダマンシップとなって溶け込んでいる。

 
 これからも大きな夢を持ち、若い力を存分に発揮し、協力し合い、今より以上に明るく、そして働きがいのある会社、さらに世界的に評価され、社会に酬いることができる会社に育て上げてほしい。

 明日のすばらしいホンダをつくるのは君達だ。

 私達二人も、会社をやめてしまうわけではない。いろいろな面で教えてもらいたい。お役に立ちたいと思う。

 今後ともよろしく。

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