藤澤武夫のことば

多角的な判断力を養え

(1954.S29.4 明和報 藤澤武夫)


私が現在専務の地位に留まっているのは、私が今までその仕事になれているから、といっただけでなく、自負を持っているからこそこの地位にいるのである。


諸君の中の誰かが過去にいかなる功績があったとしても、現在に功績があり、未来に進歩の見込みがなければ、その職務につくことは許されない。自らその職場を去るべきである。そして自己の現在おかれた立場を考え、その行動をよく反省する必要がある。反省がなければ、人としての進歩もなく、部下も決してついてこないものである。諸君の中にも、自分が人に好かれていないことを知り、自己の意思通りに動いてくれないことを知ったときの淋しさを味わった人もあるに違いない。


これはその人に徳がないためであり、人を使おうとするために起こってくるのである。部下に対して温かい心をもって接し、相手に常に白紙の状態で接し、人間には、どこかには必ず才能があるものという考えを持つべきである。このようなことは、年をとれば誰でもわかることではあるが、ホンダにおいてはなるべく早く知ってもらいたいのである。


さて、当社はいまだ日が浅くいろいろの問題があるかもしれないが批判をする場合、他人の受け売りでなく、自己の身体からにじみでたものでなければ価値がない。ドリームも、この一年間に変化があったからこそ、よく売れたともいえるし時間も稼ぐという意味で成功したともいえる。


諸君、一年間かかっても果たして完璧なものができるであろうか?物事に対して、一方的な見方をしてはならない。社会には複雑な諸要素が横たわっているのであるから、物事を多角的に眺め判断する力を養う必要がある。


現在当社では昨年度から相当の手形を発行しているが、大企業になれば、紙一枚が大きな信用を意味し、この約束手形をおとすことができないならば、社会における信用をまったく失なってしまうことになる。生産を高め、不必要な物品を節約することによってこそ、これが解決を期待することができるのである。


だからといって諸君が萎縮(いしゅく)する必要は毛頭ない。現在市場においてドリームの中古品が、十二万円で売買されており、新品の際の価格との差は二万円にすぎない。十六万円のシルバーピジョン(52年)の中古品が現在では四万から五万で売られているのに比べ、諸君は大いなる自信を持ってよいとともに、優秀なものを作るべく一層努力してほしいものである。


諸君の周囲には、やらねばならぬことが山積みしており、また自己の考えていることも多く、困惑するときもあるに違いない。だが、これほど人として生きがいのあることはあるまい。横の連絡を密接にとり、他人のいやがることを自らやりとげ、進んで困難に当たっていくことこそ人間の最大の喜びなのである。