藤澤武夫のことば

一九五七年への期待

(1957.S32.1 社報 藤澤武夫)


利潤追求

 

企業は利潤追求だと言う。これには異論がない。利益を生む要素はいろいろあるであろうが、原価・売価が重要部分を占める。売り値についてだけ考えてみよう。-原価は同じとして-これが低い場合には利益は少ない。高い場合には反対だ。多ければ、優良会社だと社外の信用は厚くなる。社内の人達もそう思う。私も大体において賛成するが、全面的には気乗りしない。なぜなら売価については、考えさせられるものがあるからだ。価格の決定には、人間の感情が入っている。商人には手一杯高価に商うのが腕だと信じている人もいる。企業・会社でも、そんなふうに考えている人もある。


トヨタの今度の値下げは、品薄を思わせるぐらい売れる時期にした。下げなかったらおそらく、半年に三十億ぐらい儲かったであろうのに、わざわざ利益を少なくするようなことをした。しかし、トヨタは今の儲けを少なくしたが、永続する企業の利潤追求には反しない。名声が、誇りが、今の利潤以上のものであるからだろう。見習うべきことだが、なかなかできにくいことだ。


原価について考えてみよう-一定売価として-原価が高ければ利益は少ないことは当然だ。原価が売価と違うところは、人間の感情が入らないことだ。理論であり、頭脳の結果であるからだ。だから、これは徹底的に探究の必要があるのだ。会社がよいか、悪いかは、同じぐらいの品質のものなら"原価がいくらでできるのか"で決めるべきだ。原価が安くできるときに、その上なお品質が優れていれば、このときは、声を大にして優秀会社だと誇るべきだと思う。


視野

 

ものの見方について少し書かせてもらう。諸君の技術が優秀であり、それぞれの職分をまっとうする才能があり、また努力家であり、職業に対して理解力がすぐれていても、それだけでは、円滑には会社は運営されない。よく"相手の立場になって見ろ"と言われるが、この尊い言葉が、軽く扱われ過ぎているように思われる。毎日、常時、何かのことをするときにそのことに注意したならば、その訓練は、やがて習慣になるであろう。それが視野を広く持った人になるように思われるが、どうであろうか。"視野というものは、本を読み、人から教えを受けることだけからでは、完全に、持てるものではない"と私は考えている。社長は本も読んでいない。人と交際したり、教えを受けたりする機会は今までもあまりなかった。毎日が図面と機械だけが相手である。しかし、視野は広い。私の見たところの社長は、最もその端的な例であると確信する。社長は遊びにいくと、よくモテルのである。このモテルことの分析をすれば、社長ともなれば、金があるから大事にされると思われるかもしれないが、他の人より金を余計にだしたり、札ビラを切ったり、数多く何回も続けていったりはしていない。月に一回さえいかない。人との交際で顔をだすときだけだから、物質的な特典、あるいはだんなになる客とも思われていないことは確かだ。顔は美男というのに縁がないものだし、悪口は出放題に並べたてる。私の知っている人が社長の真似をして、悪口をホンの少し言ったら鼻つまみにされていた。-本人は知らないかも知れないが-


なぜ?


これは簡単なことだ。どんな悪口を言っても、芸者なり女中さんなりの基本的人権を尊重-少し大げさだが-しているからだ。相手の立場をよく理解して温かく眺めているから、相手はホノボノとした気持ちになれのるのだ。だから、表面的にみて悪口をよく言う人だとだけ見るのは、随分違う結果になる。こんなことがあった。


会社が野口と山下の小さい町工場のとき、輸出のことでアメリカの人に工場見学にいってもらったことがあった。その晩は賑やかに、飲めや、踊れやの騒ぎが過ぎて、その外人は悪酔いして、人のいない所で、折角入れたものを新聞紙の上で吐いたのである。ひと眠りしてから、その外人は眼をさまして、入歯がないことに気がついた。その旅館は大騒ぎした結果、サッキの新聞紙にあったのではないかと、気がついた。ならば便所だということになったのだが、取ろうということになると、尻込みをして勇気がない。聞いた社長が、ヨシとばかりパンツ一つになって金隠しの中からもぐり、足を両側に落ちないようにふんばり、竹の棒で中を掻き回わし、探しだし、"アッタアッタ"


と言ったものである。クレゾールでよく消毒をして、お湯で洗って、アレの香りなり、薬品の臭いなりがついていないかどうか、口へ入れ、"ニオワネェぞ"


と、真っ裸で、入歯を口に入れたまま、廊下で"トチテンツル、シャン"と踊りをし始めたのである。

 

金をやるから取れ、と言ったのではない。そして、探しているときも、その後でも、深刻な顔をしたのではない。遊びの場所にふさわしく、陽気に、人を笑わせながらこのことをしたのである。芸者も、板前さんも涙を流しながらゲラゲラ笑い続けた。


その入歯はどうした?ッテ


次の朝、何も知らないその外人は口に入れて、澄まして、宿をでていった。今はおそらく、アメリカに戻っているに違いない。私は次の朝、女中さんからこの話を聞いたとき、 "俺にはできないことだ"


でも、そのようにできる自分がいつくるか、と考えさせられるのである。


社長は、自分が小僧であったとき、いつも権力と金の両方で、人のいちばん嫌がる仕事を押し付けられたことの骨身にしみるツラサを、自分が大人になったときは、人にはさせない、と堅く心にきめているに違いない。よくまた、こんなことを言う。

"こうすりゃ、皆喜ぶんだろうなァ"と。


まったく相手の立場を、常日頃思っていないと、このような措置は取れないのである。視野ということで、もう一つ。


昭和二十八年に、"ホンダの友"に社長がこのような意味のものを書いた。


消費と供給は急激にその数を増加し、拡大しつつ、新しい経済を成立させる。母親が娘を嫁にだすときに、買ってやる着物を選ぶのに、その娘が老人になっても着られ、そして、そのまた娘も着れるように、と考えた時代は遠のいた。だから、近代の社会は、二宮尊徳流では駄目だ、と。


これが尊徳先生を尊敬しておられた愛乗者から猛烈に反対され、不謹慎にも甚だしいというお叱りの言葉をいただいたのであった。これは尊徳先生を軽蔑されたのではない。モノの見方についての最も極端な表現をしたのであるが、その方との視野の相違がこのようになったのである。


実際その当時、私はよくこのような質問を受けたものだ。それも、そうとう知識階級の人達から。


"オートバイは何年もつか"と。


あるいはまた、諸君は覚えているに違いない。その当時のいろいろの雑誌に"オートバイの需要は今が峠で、これから下がるのじゃないか"との意味が書いてあったのを。


以上のものに"一連の通じるもの"が根本にあったのに諸君は気がつくに違いない。それは日本という貧乏な国に根強く植えつけられていた。 "長持ちするものが経済だ"という感覚。


この感覚が根強かった当時のことであるから、経済雑誌にも、世論も今の消費材経済を指摘していなかったのである。社長が、明確に握っていたのである。ただし、蛇足ながらアメリカの国民経済力とは格段に開きがあり過ぎる日本であってみれば、もちろんすぐに全面的になると考えるのは早計である。


まったく、どのような場合にも議論はある。極端な例だが、井戸端会議のおかみさん達にも立派な理屈はあるのである。が、問題はその視野の高さ、広さにあると思う。私は諸君より遥かに年長者であるが、今もって恥かしい思いをときどきする。高い視野の境地には、いっぺんには登れないのであるけれど、徳川時代なら三百年も必要としたのであろうものが、今はわずかの年月で通ってしまう。何かの過去を金科玉条に抱え込んでいると、すぐ視野は下がっていく。 『財界』という雑誌に、秘書からみた社長というのがでていた。その中で、大映の永田社長について、こんなことが書いてあった。 "終戦後、どの重役も、お粗末な手弁当を持って来たものだが、当時、常務の永田さんのお弁当のおかずだけは、豪勢で目を見張ったものだ。で私は、映画事業などには、このような人が社長に最適だと思った"と。


映画という事業は、台所の鍋、釜などの実用的なものではない。あの当時、社会の人達は、暗い生活に対応するものを求めていた。大勢の社員をリードして、サツマ芋を、二食分にしておこうか、一食分にしようかと考えながらでは、あの企画は立てられなかったであろうし、その結果は、大映という企業も、今日程は存続しなかったかも知れない。


この記事が、今だから良いようなものの、あの当時に、こんな記事が出たら、袋叩きにあったであろう。でも、その当時にこんな記事が出ても、世論がなるほどネと、納得するぐらいになると仮定すれば、どうだろう。


私は少し、極端な引例をし過ぎたかも知れないが、若い諸君に、早く視野を広げたものの見方をしてもらうことは、この本田技研をより立派に、より成長させ、諸君の憩(いこい)の場所ともなるであろうと信じるからである。 "重箱の隅のホンの少しの味が、うまくないから"といって中味全部を推量することはよくあることだ。


我われ日本人にいちばん欠けているものは"視野のせまさ"にあると思っている。